小土井妹はオードリーのファンなのでよく一緒に映画を見るのですが、相手役の名前を一向に覚えようとしないのがある意味潔い。ヘンリー・フォンダを「ノッポ」って言うのは許します。ウィリアム・ホールデンを「頭の軽そうな兄ちゃん」って呼ぶのも、まぁ仕方がない。でも『頭上の敵機』をちらりと見ていきなり「ローマ(=グレゴリー・ペック)が出てる!」って叫ぶのはあんまりだと思うんです…おかげで我が家ではこの愛称がすっかり定着しています。 オードリーは確かに可愛い…本当に妖精のよう。ユニセフの活動とか、素晴らしいこともたくさんなさってる。でも小土井はどっちかと言えばモンロー派、欲を言えばリズ・テイラー派。 幾ら頑張ってもボギーとホールデンが兄弟に見えないのは多分誰もがそうだと思うので心配しなくて結構。それとあのラストもまさかの結末で…ホールデン本人も脚本を読んで唖然としたという話ですから。 たとえそうだとしても。サブリナパンツ&シューズのオードリーが可愛いし、とってもお洒落で楽しい映画なことに変わりは無い。ビリー・ワイルダー監督の映画はセリフがいちいちキザで、そこが素敵。耳から(といっても日本人は字幕を見なければならないので目ですが;)夢の世界へ入っていける。 カタブツのボギー、プレイボーイのホールデン、そして運転手の娘から華麗に変身するオードリーはシンデレラ。こんな良い男二人も惑わせるなんてさすがオードリー!とくだらないことを言いつつ、一番ショックなのはお尻にシャンパングラスです。あれ、絶対痛いですよ!23針も!(笑)ハンモックとか、今まで見てきたこの時代の映画はもっと大雑把な笑いの取り方をネタをするもんだと思っていたので、ネタが細かいな、と。 オードリーの無邪気さは、カタブツなボギーの心を溶かしていく。こんなロマンチック・コメディにボギーなんて、どうなのかしらと思っていたのですが、ある意味セルフ・パロディみたいで素敵。『カサブランカ』みたいにじっと耐える男、っていう結末になったらどうしようかと思ってたんですよ。 対するホールデンの柔らかさは彼の十八番ですが、あの笑顔にコロっとなった人は多いと見ましたよ(危険信号)。そんな中で、すらりと細い手足のオードリーの華奢さにみんな憧れてしまう。ほんと、ねぇ。可愛いよ、ずるいですよ(苦笑)。 音楽も映像も「オシャレ」に徹してる。職人芸だと思います。マーティン・スコセッシ監督の暴力描写への執着をもっと、映画全体に広げたような感じ。それって、凄いことですよね。 日本がドロドロと波乱に陥ってるときこそ平和でお洒落で、スマートな映画を。疲労焦燥し、喧嘩腰に見えた首相の辞任会見に対する失望も一旦脇に置いてモノクロの世界へ。お月様が手を伸ばしてくれたらそのまま掴んで一緒に空に上りたい気分です。 |
ポール・ニューマンが余命数週間だという記事にみっともないくらいの動揺を隠せず、ここ数日精神的に非常に不安定です。馬鹿みたい。 ウィリアム・ホールデンとショーン・ビーンが似てると思ってしまった小土井ですが、役柄的には正反対ですよねぇ。 いや、ウィリアム・ホールデンは芸域が意外と広い…そうそう、ニューマンとも共演してましたね。『タワーリング・インフェルノ』。 小土井の中のベスト・オブ・パニック映画。これを見るまでは、火災の描写については『バックドラフト』が一番だと思ってたんですが…質が違う。 ロン・ハワードが作り上げた炎は芸術的でした。床を嘗め、天井を這い、爆発を引き起こす。その描写は美しいとすら言えるほど。 けれどこの炎はひたすら野蛮で猛烈な、圧倒的なパワーを持つもの。初めて見たとき、本気で怖かったです。 現在の時点で世界最高層のビルは台湾の台北101の101階だそうですが、本作に登場するグラスタワーは138階建て。そりゃまぁ、一番上にいたら逃げられないよね; この映画の二年前に製作された『ポセイドン・アドベンチャー』の技術を応用しているそうですが、今現在見ても新鮮に感じられるような特撮技術。ビルの造形とか。 ニューマンが設計士で、もう一人のスターに消防士のスティーブ・マックイーン。そりゃあ、アクションシーン満載で一徹なマックイーンの方がかっこいいに決まってるよ(笑)。でもご心配なさらず、ニューマンは正義を燃え立たせ、時に飄々と、スマートに立ち回ってくれます。 クレジット争いで揉めてた云々と様々な噂が飛び交っていますが、本人達は別に喧嘩なんかしてなかったそうです。騒ぎたいのは周りばかりということですか。 彼ら以外にも、オールスターと言えるくらい素晴らしい俳優が脇をガッチリ固めています。ヒロインはフェイ・ダナウェイ、ウィリアム・ホールデンはニューマンの忠告を無視する社長さん。ひょこひょこと顔を出すフレッド・アステア(この映画でゴールデン・グローブ賞をを受賞)、ロバート・ヴォーン、ジェニファー・ジョーンズ、ロバート・ワグナーなどなど。小土井でも名前を知っているような有名人ばかり登場して、この中から誰か死ぬんだ、といわれたら、残念半分、ドキドキ半分。 そう、勿論全員が助かるわけじゃない。全員死ぬか、幾人かを助けるか。この取捨選択は、現実で私達が行うとしたらとてつもなく残酷なんですけど… それでも、見終わった後素直な満足感が浮かぶのは何故でしょうか。「面白かった!」と笑って言えるような。 本当にどうでもいい話だけど、ニューマン役名ダグ・ロバーツって、どっかで聞いたことのある名前だなぁって思ってたら、『ミスタァ・ロバーツ』じゃないか;;無論二つの間に一切の関係はありませんが。 見終わった後はトイレに行くのをお忘れなく。何度見ても手に汗を握ってしまいます。 |
えっ、『コッポラの胡蝶の夢』渋谷でしかやらないの?!そんな!そんな!(悲鳴) 田舎住民に愛の手を…幾ら80年代の時点でコッポラ監督なんて終わってると言われようとも、やっぱり『ゴッドファーザー』シリーズは大好きだし…関係ないけどジェイソン・シュワルツマンがコッポラ監督の甥っ子でエイドリア…タリア・シャイアの子供だってついさっき知りました。 「○○の〜」とつく作品はかなりの確率で駄作というジンクスが付きまとっていますが、現代ではコッポラの名前を付けてすら興行収入を見込めないってことでしょうか。切ないなぁ… ティム・ロス出演作品が日本に来ることを願う会会員の小土井としては大いに興味をそそられる映画であります。ストーリーもSF?なのか何なのか、よくわからないところが気になる… 地元にも回ってくることを祈って、出演作品を。ギャング映画の部類になるのかな…?エドワード・ファロングが可愛らしかった時代の映画。 お父さん役のマキシミリアン・シェル…わりと好きな役者さんだったのですが、今回も長男の罪を許そうとしないながら、自らも罪を犯しているという微妙な立場の父親を演じていてとっても素敵。この前『若き獅子たち』を見たので若い頃は見かけによらず(?)ちょっと繊細そうだなぁと思っていたのですが、今ではすっかり貫録満載ですね。 血なまぐさいシーンも結構あるのですが、美しい映像でした。何よりも、静かな作品です。とても静か。 家出をして殺し屋となった兄と、彼を慕う弟。母は脳腫瘍で余命わずかであり、父親は妻の病状に気を揉み、一人残った息子をまっとうな道に進ませたいと願いながらも、若い女性と浮気をしている。 張り詰めた空気の中、親子、兄弟の絆は少しずつ変わっていく。関係としてならば、物語の冒頭から解けたままだった長男と父親の絆が元通り結ばれることは無いし、逆に兄弟の距離はぐんと近くなる。帰還した兄の存在が発端となんて、家族関係はますます歪みを大きくしていく。それが最後の悲劇をもたらすことになるのだろうけど。 父親は長男を許さない。自らが家族を裏切っているのにもかかわらず。そして長男はそんな父親の姿に怒りを覚えている。もちろん自分の中にだって欺瞞があるのは百も承知だろうけど。 この父子の憎しみ合いの中に次男が入り込んでくることによって話は余計ややこしいことに。次男役のエドワード・ファーロングが父と兄の間で揺れる次男を演じているのですが、彼の気持ちは凄くわかります。未知の世界への渇望とか、現実への不満とか。 多分長男は、父親のことを憎んでいるけれど、だからこそ彼にまっとうな正しい男でいて欲しかったのだと思います。母親と、弟に対する義務として。それに対抗する人間として、二度と帰らないと誓い町を飛び出した自分をアウトサイダーだと認めているから。 自らをアウトサイダーとして位置づけている時点でティム・ロス演じる長男の強さというのは常人と比較にならないほど大きなものですが、次男の存在で突き崩される。対極にいる弟は、絶対あんな目に遭ってはならなかった。自分に降りかかってきたならば分かるけれど…しかも直接の原因を作ったのが自分だって言うのが… ティム・ロスは、今までのようなどこか弱っちさを持ち合わせているのではなく、芯から強い男を演じていました。その男の慟哭。本当に救いがないけれど、残酷な分美しさが際立っている。 批評サイトでは評価が真っ二つに割れていますね。私は良い映画だだと思ったんですが… 監督は撮影時弱冠24歳。これ以後の作品は知らないのですが;;; とりあえず『胡蝶の夢』がかかったら喜びのあまり『レザボア・ドッグス』でMr.BLONDが踊ってたダンスを踊るかと思います。 |
ジーン・ハーロウが美人なのかよく分からない… ジェームズ・キャグニーが一番カッコイイ映画。『ミスタァ・ロバーツ』の椰子の木命な館長もお茶目でいいですが(というか、この人のもう一つの特技であるミュージカル関係の映画、見たことないんだよなぁ;)当時のギャングはみんな彼の真似っこをしていたというのも頷けます。 よく回る舌と頭で暗黒街を駆け上っていくギャング達のお話ですが、彼演じるトム・パワーズが素敵。ロバート・デ・ニーロが演じてるような爆発を起こして電話線で首を絞めたりするようなタイプじゃないんです。イラついているときも不敵な笑みを口元に浮かべ、怒鳴ったりしない。なのに次の瞬間突然相手も撃ち殺してしまう。有名な愛人の顔にグレープフルーツを押し付けるシーンも、まるでこうするのが当たり前だといわんばかりのさりげない手つきで果物をとって、グシャっと押し付ける。顔つきは変わっていない、けれど、内面では凄まじいばかりの憎悪が篭っている。そういえばこの場面はジョージ・ラフトが『お熱いのがお好き』でパロディしてますね。押し付けるの失敗してますけど(苦笑) ゴシップにまみれ26歳で急死したジーン・ハーロウはキャグニーの愛人役。毒婦と呼ぶにふさわしい妖艶さです。 この時代の映画に共通する、どこか淡々とした空気が好きです。良くも悪くも疲れないですむから…勿論ギャング映画だから、この時代にしてはそれなりに暴力描写もあるけれど、銃撃シーンも殆んどは影だとか(銃声が響き、直後相手の身体が崩れ落ちてピアノの鍵盤が鳴るとか、この手の描写のハシりじゃないでしょうか)風情があるって言うんでしょうね、こういうの。 『暗黒街の顔役』同様最初と最後に啓発文句がくっついてますが、これもかなり怪しいなぁ(笑)尤も、こちらは物語的には善なるお兄ちゃんと悪の弟という対立構造を作っていますが。でも最後に更正しちゃうし、あながち嘘とはいえないのかもしれない… 少年時代の子供たちはとりわけ貧乏だったわけではないように思えます。ただ周りの大人が悪かった。悪事をそそのかす不良や、無関心な親など…だから時代が悪いのだ、世間が悪いのだ、という結論へ持っていくべきなのでしょうが、そんなの、ねぇ(苦笑)お兄ちゃんの如く立派に育ってる人も居るわけだし。 ギャング映画の代表作とも言われるこの映画。それにしてもこの時代のギャング役の俳優さんは小柄な人が多いですね… |
さっきまでピーター・ローフォードの伝記を読んでいたのですが…こういう類の本は話半分に信じておくべきだというのは知っているものの…(震) この映画の公開は1963年。ちょうどJFKが暗殺された年。シナトラ一家に参入していたローフォードは映画に姿を現すことなく、代わりにビング・クロスビーが登場しています。 シナトラの家を来訪する予定だったJFKがマフィアとの繋がりを危惧した弟で司法長官だったボビーに止められ、近所のクロスビー家に滞在したという事件は結構有名な話ですが、そのときどうやらシナトラは、JFKの妹と結婚していて双方のパイプ役だったローフォードに激怒し縁を切ってしまったそうで。クロスビーを映画に招いたのは彼らがクロスビーを尊敬していたこと以外にもローフォードへのあてつけも含めてのことである云々… そんな橋田壽賀子のドラマに出てきそうな位えげつない!と思いつつも、今からシナトラの伝記をゆっくり読んでまた多角的に考えられたらな、と(こっちも結構胡散臭いけど…)。 さて映画の話。シナトラ一家の魅力といえるショー、ミュージカル的な雰囲気を味わいたいのなら『オーシャンと11人の仲間』より先にこちらをお勧めします。全編に渡ってシナトラ、ディーン・マーティン、サミー・デイビスJr、ビング・クロスビーと20世紀アメリカ音楽史に名を残す男たちが歌う、歌う…これだけでも十分楽しいです。 身内ネタを連発し、観客が楽しむ以上に本人たちが大はしゃぎしてる。こういう内輪の映画っていうのは、まさしくベガスでショーが行われて、生身でスター達と触れ合える機会があったような時代だからこそ出来たものなんじゃないのかなぁ、と思ってしまいます。スクリーン越しで見るのと、ナマの姿や歌を肌で感じて一体感を味わうのとはやっぱり違う。勿論そんなことを出来たのは一部の特権階級の人たちだけでしょうが、それはすなわち芸能人という存在自体も雲の上のものであったということ。現代のスターにオーラがないのではありません。メディアが発展して彼らの私生活が身近なものとなり、私達が雲の上を見るというような感覚をなくしてしまったからなのでしょう。 近いようでありながらやっぱり遠い存在の人々は、自分達が楽しいから映画を作る。ロビン・フッドをモチーフに、刑事コロンボ、基ピーター・フォークを敵に回しシナトラ一家が大暴れ。あのオチも個人的には可愛くて好きです。現代映画でああいうことやったら非難轟々になりそうですが…ギャング映画だけど血生臭いシーンは殆どなく(銃をぶっ放したりはしょっちゅうですが)楽しい、ほんと平和… サミーがタップを踏んでみたり、シナトラ&マーティン&クロスビーの「style」とか、チョイ悪オヤジここに極まれりでワクワクしてしまいます。メンバー総出で歌い踊る「Mr.Booze」とか、最高!しゃしゃり出るマーティンにツッコミを入れてるクロスビーとか、いざ何か言えといわれても言葉が出てこないでシナトラにどつかれるマーティン(アルコールの罪を訴える歌なのに明らかにへべれけ)とか、もうこれは殆どアドリブなんじゃないかと思われるシーンが多々あり、本当に楽しそう。見てるこっちも楽しい。 内輪の映画もこれくらいハッチャケてれば、私は好きですよ…『オーシャンと〜』が元ネタになってるジョージ・クルーニーの方の『オーシャンズ』シリーズとか、ジュード・ロウやジョニー・リー・ミラーなどナチュラル・ナイロン一味が作ってた『ロンドン・ドッグス』とか、とっても面白かった。 |







